2005年05月19日

吉川社長と豊橋へ

昨日(5/18)は、『全印工連2008計画・業態変革推進プランのコンセプトとグランドデザイン』の勉強会で豊橋へ。
ヨシノ印刷吉川社長がアッシー(なんて死語か?)をしてくれて、17時には現地・豊橋市教育会館へ。「乗せて行こうか」のお誘いに応じてよかった。会場は港のそばで、豊橋駅からタクシーで2000円以上、他に交通機関のないようなところ(バスはあるんだろう)。ホスピタリティーあふれる彼の心遣いにはいつも敬服する。帰りも岡崎の居酒屋で待つ友人のもとへ私を送り届けてくれた。

勉強会のほうは、豊橋の印刷組合員40名を中心に、名古屋、岡崎、そして浜松からのスズセイ印刷鈴木社長。講師は水上印刷水上光啓社長、今東京でいや日本で最も熱き印刷会社社長の一人である。
他にも、春日井の木野瀬社長(木野瀬印刷)、名古屋の鬼頭社長(鬼頭印刷)、知立の酒井社長(西三印刷)、豊橋の白井会長(奉仕堂印刷)と、業界のデキル社長さんと同席できて、快適な時間を過ごした。

363742f0.jpg写真は、「伝道管理者の選ぶ2003年のベストショット」(私が撮ったもしくは私が撮られた写真)である。2004年の私の年賀ポストカードに採用された。撮影者は吉川社長! 写っているのは私と近藤会長(近藤印刷)。掲載にあたって、撮影者の著作権、モデルの肖像権はクリアしてある。あはは。

問1)ヨシノ印刷なのに、何故ヨシカワなのでしょう?
  

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2005年05月18日

燭光の揺らめき

c7cc0b70.jpg昨日(17日)はロータリークラブの職場例会。

会員の和田さんの職場、柳堂山西照寺(真宗大谷派)で例会。お経と説教の前に、これも会員の磯部さんの職業「和ろうそく」づくりの実演を見ることができた。なかなかいい企画の職場例会だった。(>青山さんへ)

55b9608e.jpgろうそくの歴史。4000年以上前にイタリアのエトリア地方の壁画には燭台の絵が描かれ、日本にろうそくが伝わったのは奈良時代のこと。原料のロウをハゼの実から抽出するという和ろうそくが日本で製造が始まったのは天文・永禄年間16世紀というから、ここ500年くらいのこと。現在、全国で20数軒というから、これからどれだけ引き継いでいけることだろう。
磯部さんに期待。
ec363a1f.jpg
実演と読経・説教のあと、料亭魚清に移動し、般若湯も入れて宴会。
会場に入ると、明かりは落として壁際にいくつものろうそくの灯り。にくい演出(さすが青山さん)、始まれば単なる宴会。飲みすぎた。  
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2005年05月17日

もひとつ野球ネタ「ため息で伝えていませんか」

DVC00045.JPG今日もCDは負けたけど、野球ついでにもうひとつ。

交流戦で、12球団のベンチの監督の様子がよく写る。自軍が良いプレーをしたときとへまをしたときがおいしいシーンらしくよく映され、その反応によって指導者としての器(失礼!)も垣間見える。

いちばん「こりゃあかん!」というのが、自分の意のままにならなかったとき、「なにやってんだよ、んにゃろ!」としかめっ面で気持ちを表したり、ため息で意志を伝えようとするタイプ。YG軍のH監督によく見られるが、露出も多い球団なので余計目立つ。そうすることによって何のプラスもないのになんでそうするんだろう(指導者なのに)。強いて言えば「あいつのせいだ」とささやかな保身ができるくらい。
怒気で伝えようとしたり、自分の感情の排泄をする某球団元監督よりはましか。(この人もHだ。)

感情や雰囲気で意志を伝えようとするのは、未成熟な(つまりおとなでない)人の特徴であると言う。
「しょうがない子ね。んもう、できの悪い子!」としかめっ面とため息で自分のガス抜きと腹いせをする母親(失礼! 父親も監督も社長も)。

そういった目で見ると、名将・よき指導者が浮かび上がって来るね。そう○監督。

人間には言葉と言う大事な道具がある。

「重い、重いなあ。」といいながら荷物を運んでいるあなた。「重い、重いなあ。(だれか手伝ってよ)」と言外メッセージしてませんか?
おとなはちゃんとカッコをはずして「重いので手伝ってくださいな」とメッセージします。

ため息で伝えようとしてませんか?


☆つけたし:写真の帽子はパリーグのどこかの(有名でない)球団の帽子ではありませんので、念のため。

問1:何の帽子でしょう?  
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2005年05月16日

興味深い国である。JAPAN!

プロ野球の交流戦が行われている。
中日が久しぶりに勝った14日の翌日の15日、家の前のコンビニに行ったら、中日スポーツが売り切れていた。連勝中は残っていたのに。久しぶりの勝利を新聞で何度も味わいたかったのだろうか。で、15日はまた負けた。

CDとSBHの三連戦では、CDのO監督とSBHのO監督(まんま)は仲が悪いんじゃないか、ということも知った。
bd790323.jpg
国民栄誉賞をもらったOさんのシーズン本塁打記録55本を、「ガイジン」のカブレラとかローズが超えようとすると、悲しいかな、「敬遠四球」で記録更新を拒もうとする。
結果として今は確かその3人が55本の記録をもっている。

ところがその昔、前出のOさん(まぎらわしいのでOCHIさんとしよう)がOさんの年間本塁打記録を抜きそうになったとき、「敬遠」攻めに会い更新できなかったことがある。
へんな(日本人)感情。
OCHIさんは日本人、Oさんは中国籍?。

OCHIさんは日本人だが「ガイジン」扱いなのかなあ、この国では。
興味深い国である。JAPAN!

考えてみれば、
最多本塁打は、王さん。
最多勝利は、金田さん。
最多安打は、張本さん。
国を超えて活躍された人たち。
(おまけ:ICHIROはアメリカに納税。)


おまけのおまけ、筆者脚注:
カブレラ、ローズ、OCHIさん:「ガイジン」
カブレラ、ローズ、Oさん:「外国人」
Oさん、OCHIさん、ICHRO:「???」  
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2005年05月15日

まだですか?

5cce39ac.jpgミキくんへ伝言。

「マスクなんて作ってないで、早くバンドのロゴ作ってよ」と市橋くんから。


バンドの名は、BrotherBrother

写真右端がミキくん。ドラムが市橋くん。
写ってないのがマツザキくん。  
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2005年05月14日

久しぶりの栄の夜、、、

昨夜(5月13日)、夕方から名古屋栄で宴会。中杉印刷の佐藤社長が、「キッチン千代田」で名古屋而立会の委員会に参加しているころ、私は「料亭つたも」で而立会のOB会の「平成会」の懇親会に参加していた。佐藤社長は美味しい「洋食屋さん」を楽しんだようだが、こちらは料亭で12,000円を満喫?した。閉宴の一本締めの時、私がお膳に戻ると料理はほとんど残っていた。
宴会も9時前には終わり、皆さんは三々五々、またはつるんで栄や錦の街に消えていったが、「水割りとオネーチャン」の店にとっくに興味のなくなっている私はおとなしく岡崎へ帰った。
夜食は、家の前のコンビニで買って帰った「日清のかき揚げどん兵衛うどん」新発売!  
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土曜日の午後、間違えられました。

391a2d64.jpg土曜日の午後、自宅で独りダラダラしていたら、電話が鳴った。
「もしもし」と出たら、女性の声
「間違えました。」と言って切れた。
何間違えたんだよ。いったい。

出たのが、男(の声)だったのがそう言わせたのか?
営業かい?

ところで、

我が家も私も、電話は好きではない。

携帯電話も好きではない。
長電話も好きではない。

携帯電話での長電話は、もっと好きではない。

近頃、携帯で長話をしてるオネ−チャンが少なくなってきたようでうれしい。
着メロ鳴らして喜んでるのは、おじさんおばさんくらいだし、会議・会合中に着メロ鳴らしちゃってるのはオヤジだけ。
カッコ悪い。  
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2005年05月13日

13日の金曜日はマスクにかぎる。

c940f3b3.jpgミキ作。メールで届いた写真。
作り続けているらしい。止まらなくなったようだ。
私以外に誰にウケているんだろう。
知りたくもないが。

きっと彼の部屋はもうじきマスクで埋まる。
発見され、事件となる。  
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2005年05月12日

人はクルマをやめられない。間違いない。

午後、講演会「燃料電池関連の技術開発動向」−家庭用燃料電池と燃料電池自動車用水素ステーションについて−。
水素ガスを利用した「燃料電池」を開発し、会社・工場・家庭に普及させることにより、コージェネレーションシステム(天然ガスなどの燃料を使って発電し、その際に発生する排熱を冷暖房や給湯といった用途に利用する熱電併給システム)として機能させようというものだ。クルマも燃料電池による、ガソリンスタンドに替わる水素ステーションで給エネをする。家庭用でも現在は1000万円とかでコスト高だが、70万円くらいにして家庭に普及させたいとか。

でも、間に合うのかなあ? 2020年には北極の氷もなくなるっていうし。
世の中、いろいろな省エネの方策・温暖化対策とか講じてるけど、中期的に見ても間に合わないような気がする。地球は壊れちゃう。

1f97ca68.jpgだからってわけじゃないけど、私は20年ほど前にクルマをやめた。理由は特にない。なんとなくである。バスには乗る。タクシーにも乗る。人のクルマには乗せてもらう。この辺、突っ込んで来る人がいる。「クルマやめたのなら、人のクルマにも乗るな」って。言うじゃな〜い。
なんか話が噛み合わない議論になる。
「クルマに乗らない運動は、まず一人から」って思ってるわけではないが、反面、「公共交通機関利用にみんながシフトしたら、少しは変わるだろうが」ぐらいは思ってる。
「みんながやめるなら、少しは考えてもいい。先にはやめない。」って人もいれば、「どうなっても絶対やめない。」という人も多くいるように、私には見える。

5e86e9a6.jpgクルマが諸悪の根源じゃないと思う。でもひとつの現れだと思う。

「クルマをやめるくらいなら、地球が壊れるほうがましだ。」
なんて思ってないといいけど。


なお、本文と写真はなんの関係もありません。かな。  
Posted by brother_p at 19:27Comments(1)TrackBack(0)社長

2005年05月11日

体質と黒船

ee108381.jpg4月25日のJR福知山線脱線事故 (事故?犯罪?)から2週間が経った。
報道も評論も、JR西日本の「企業体質」を問う声が多い。
今回の事故は「社長」である私にとって、考えさせられることの多い出来事である。JR西日本の体質・対応。操業を止め会社総動員で救助に馳せ参じた現場近くの企業とその社長さんのリーダーシップと危機管理。
JR西日本だけでなく、日本中の企業、いや日本国民そのものが「どうなの?」と問われている。「107名の死」を突きつけられているので、JR西日本は体質改革もしくは消滅が限られた選択肢となっている。「体質」で思うのは、社会保険庁、道路公団等々、いろいろ不祥事があったのだが「107名の死」が突きつけられていないので、「利権」の魅力で経営者・職員・官僚・政治家は逃げおおせている。「体質」はJR西日本以下かもしれないのに。
思い出すのは40年前。中学校に英語の交換教師なる者が赴任してきた。アメリカ人が中学校の英語の授業を受け持つのだ。紹介の全校朝礼で通訳をしたのが、風采のあがらない高齢の独身女性英語教師。カッコいいな、と思った。普段、生徒をしごいて?いる他の(主に)男性教師どもは、スミで小さくなってい(るように見え)た。英語がしゃべれない英語教師、バレてしまった。
私はそのとき思った。
英語の交換教師という「黒船」がきたので、日本の英語教育の「欠陥」が露呈した。
「黒船」が来ていないのでバレてないが、国語も数学も理科も歴史といった他の科目も「欠陥」があるに違いないと。
「死」はあまりにも大きい代償だが、直面してないところでは大きな問題が巣くっている。露呈してないから、今後も害を及ぼし続ける。

問われているのはJR西日本だけではない。

他人事だと思ってる人は、JR西日本と同じ体質ではないのか?

はたしてわが社はどうか?
私はどうか?
遅すぎてはいないか?  
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2005年05月10日

ゴトーくんの記念日

今日は、後藤幸雄くんの結婚記念日
後藤くんは、大学時代の伝説?のバンド・The Hers のリードギター。
4569ec5a.jpgちなみに私はリード・ボーカル。
卒業以来会ってないかなあ。30年以上。1回くらいバンドの同窓会をしたかもしれないけど、忘れた。

で、なんでゴトー君の結婚記念日が5月10日って覚えてるか?

おわかりですね。


なお、写真は間違って掲載されたもので、本文と関係ありません。  
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例によって仮おさえ、でも失敗。

仮おさえ、でも失敗。もう5月10日。

ものごとをきちっとできない私だが、「blogを毎日」とかにこだわるみたい。
パラノイアとは程遠い「好蔵無礼人(スキゾフレイニアschizophrenia)」だが、DVDレコーディングのチャプターなんてネチコク入れる。

ネチコク5月10日付を追伸。偏執病・編集病。
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5月9日の出来事。
19時から、Rクラブの会合。キッチン・フクタで22名。
洋食屋さんで会議とパーティ。
飲み放題コース・5000円。会長・幹事からご祝儀?をいただいたので、一人4000円会費。  
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2005年05月08日

シャチホコがない。

DVC00044.JPG名古屋のウェスティンナゴヤキャッスルで終日Rクラブの会議。
午前・全体会議:パイプ椅子でお尻が痛く、寝心地が悪かった。冷房が効きすぎて、寝冷えしそうだった。
午後・分科会:椅子が座り心地がよく、気持ちよく眠れた。
(注・眠るほど退屈な会だったというわけではありません。充実の内容のレポートはしかるべき筋?にしております。念のため)

7aa8be60.jpg昼休み。散歩に出たら、会場正面に名古屋城の天守閣が見える。何か淋しいな、と思ったら金のシャチホコがない。
愛・地球博だか名古屋城博だかで降ろされてるんだ。
多分3月だったと思うけど、地上に降ろされた「金のシャチホコ」のニュースで、見て触って、感激している年配の方が多かった。結構若い方も興奮していた。さすがに、「冥土の土産」とは言ってなかったが。
私は名古屋人ではないので、このシャチホコに対するテンションの高さは想像を超える。  
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2005年05月07日

やっぱり、マスクが好き。

覆面レスラーのマスク。
ユニチャームのマスク。  
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「ミシンをかけてて電話に気づかなくて」

6d41a647.jpg今日は、土曜日といえども営業日。GWといえども出勤日。
デザイナーのアサイ・ミキくんに電話をかけてもなかなか出ない。三度目につながって会社に来てもらった。
来て曰く。「ミシンをかけてて電話に気づかなくて」。
ミキを名乗ってても男。で、ミシンとは?
たぶん、ミル・マスカラスのマスクを作っていたのだろう。間違いない。

9fcfc4f3.jpgもう一ヶ月も前のこと。ミキくんにお中元をもらった。どうしても水引のアイデアを使いたくて、四月にお中元というフライイングを犯したのだろう。
お中元の中味は、デストロイヤーのマスクとドクター・X(ディック・ベイヤーがアメリカのAWAテリトリーでリングに上がるときはこのリングネームを使う)のマスク。

で、なんでデストロイヤーのマスクなのか?

私が貸した本「マスクを脱いだデストロイヤー」に触発?されて。
私が中学時代、自作のデストロイヤーマスクをかぶって通学していたことに触発?されて。たぶん。  
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2005年05月06日

間違った石の使い方。

線路に置く。
生き物とか建物とかに向かって投げる。  
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私も石を投げてたっけ?

9f6360ac.jpg「5・4運動」記念日の5月4日は、中国の反日デモ・投石は封じ込められてか、主だった動きはなかったようだ。
私は、1949年生まれの団塊世代。
1960年代の終わる頃は学生運動の真っ只中。当時、大学1年だった私はキャンパスが活動学生に封鎖されて半年くらい授業がなかった。(授業料は全額払った??)
私の在籍していた大学のアピールは、「医学部への米軍資金導入反対」。アメリカに対して「帰れ!」と石を投げてた。火炎瓶も、多分。
私も学生集会には参加していた。石は多分投げていない。火炎瓶は絶対投げてない。
でも周りの学生で投げていた人が多くいる。

なにが言いたいか。
中国の若者が、過激な反日デモを繰り返している。
40年ほど前、日本の若者が「アメリカ帰れ」と石を投げていた。

それだけ。

ただ、
昔は、学園封鎖されてやることが無いので、時間つぶしのマージャンをやろうとしても、携帯電話なんてあるわけない時代だから、面子集めが大変だった。アメリカン・ポップスを聞きながら、「アメリカ帰れ」とシュプレヒコールしてた。
今は、携帯やインターネットで連絡を取り合い、ソニーのデジカメやビデオを持ちながら石を投げている。車も液晶テレビもある。
今の中国のほうが、大変だなあと思ってる。  
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2005年05月05日

高松に行きました。(オマケ)

1d31be62.jpg私は愛知県岡崎市の住人である。
岡崎駅を訪れた方に、岡崎の人口を聞かれると、
「7万人です」と答える。
「意外と多いですね」と来訪者。

そんな話を地元の人にすると、悲しい顔をするか、なんてひどい答えをするんだといった顔をする。
ディープな岡崎人は、「(JR)岡崎駅だからそういう印象なんだ。(名鉄)東岡崎駅に来てもらえ」と言う。
「え、昇降客は東岡崎より、JR岡崎駅の方が多いんですよ」と皮肉な私。

岡崎の人、安心して。
ちゃんと「36万です」とネタバラシをしている。

高松は34万都市である。(正確には338,238人・平成17年4月1日現在)
街の規模というか、にぎやかさ、華やかさは、岡崎の数倍といった印象。これは私の印象のみならず脇さん(岡崎在住)もそう言う。
これは、高松の古市さんもそう言う。
高松の街中を車で移動中も、そんな話題が何度も出た。
県庁所在地であり、官庁の建物があったり、企業の地方の本部があったり、また、港があったりという要素もあるのだろう。

でも高松が特別なのではない。岡崎が特別なのだ。
高松VS岡崎でなくても、小樽VS岡崎、青森VS岡崎、豊橋VS岡崎、同様に感じる。なんでだろうね。

でもいやじゃない。
で、私は今日も「7万です」と答える。

<高松のオマケトピック>
街の飲食店の看板に「ライスカレーうどん」ってのがあった。皿にライスとうどんが盛ってあり、そのボーダーあたりにカレーがあるんだろう。
車を止めて食べようとは思わなかったが、ネタにいただいて帰った。

<岡崎のオマケトピック>
そんな岡崎がいやじゃないが、「みどりの窓口」が1箇所だけってのは勘弁してほしい。列の前に自動券売機ぎらいのおばちゃんが「○○までの往復切符?下さい」なんてやってたら、電車を乗り過ごす。
36万都市のJR駅に1箇所なんてありえない! 
と、ブログに書いてても効果ないか。  
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2005年05月04日

高松に行きました。(2)

90cfda37.jpg古市さんの中小企業家同友会の仲間ということで連れて行ってもらった海樂亭というレストラン。食事前に社長さんがご挨拶にこられたが、私のくだらない冗談への反応とか、どうもイマイチのレスポンス。
海鮮のフォンデューをいただいて、帰りのレジでの出来事である。払い終わったころ(といっても古市さんにご馳走になったのだが)、社長さんが飛んできて、「お、おかださんですよね?」。
(そういえばどこかであったような。最初反応が変だったのはそのせいだったのか、失礼)
「十数年前に東京のMG(マネジメントゲーム)研修でお会いしました、金崎です。愛環塾の3人で来られて。確か『オカダ・キチホウ』さん?」
「それ、混ざってます。岡田吉生(よしお)です。一緒に行ったのが水野雲宝(ほうではなくて、うん・ぽう)、それと加藤清春(せいしゅんでなくて、キヨハル)」
「当時はサラリーマンでしたが、その後こんな店をやってます。よく覚えてますよ、当時岡田さんは有名人だったし」
そういわれちゃうと、なにかうれしい。でもお金を払った後に出てくるところは、さすが商売人である。そして「濃い」(WEB参照)

「いやー、世間は狭いですね」と言われたもんだから、
「お互いの世界が広いから、お会いするんですよ」なんて例のごとくわけのわからんことを言って別れた。

明けて4月19日は、キナシ大林病院の医療ソーシャルワーカーの辻主任と面談し、充実のヒヤリング。
その後昼食は「讃岐うどん」。
午後は、ユニバーサルデザイン・メディア工房の安芸さん、高橋さんとお会いして、帰路。

さわやか瀬戸内海。さわやか高松。  
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2005年05月03日

高松に行きました。

67f106c6.jpg2週間前シリーズ第2弾。
4月18日(月)、19日(火)と高松に行って来た。
コミボの打ち合わせとヒヤリングの為の出張。午後イチの名古屋発新幹線と瀬戸内海を渡るマリンライナーで、午後3時には高松に着いていた。コミボ・プロジェクトのパートナー(というよりはボス)の古市氏がお出迎え。古市氏が社長をしているフェロー社(システム制作の会社)を訪問して、前出の脇さんを交えて三者会議。そうなのだ。コミボはソフト会社と印刷会社とNPOのプロジェクトなのだ。
その後、海の見えるレストランで食事。そこである驚愕の出来事があった。(つづく)
  
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