2008年03月21日

しょうがない、雨の日はしょうがない。小室等

0321セル塩.jpgさわやかな?雨の朝を書いてしまったが、このとき書こうとしたのは、実は。

「はね」のことである。
「撥ね」、いや「跳ね」。
水が溜まっている道を通るクルマがまき散らす。

近頃は舗装されたおかげで、溜まる個所は少なくなったかもしれないが、跳ねの水量は半端じゃない。
運転者諸兄も十分認識していると思う。
併走しているクルマの「跳ね」で、ワイパーなどまるで利かず、フロントガラスの視野がまったくとれなかった経験も多いと思う。

これが歩行者を襲っているのだ。
まったくスピードを緩めず走り去るクルマ。
子供の頃、傘を向けて防御しなさいと教えてもらったが、近頃の水量は傘をも壊すほどなのだ。

じゃあどうすりゃ〜いいの、ってのがドライバー。
そんなことでいちいちスピード緩めたら後続車が大変でしょ、とか。
ドライバーには罪はない、道路行政なんたらかんたら。

その思いに至ることが問題だよと言いたいのじゃ(誰だよ、お前)。
クルマが通り過ぎるまで歩行者がひたすら待ったり、動力のあるクルマをスムーズに通すために人間が歩道橋とやらを渡ったり。

大きなボタンの掛け違いがもう後戻りできなくなっている。
どうすればいいか。
掛け違いを直すことじゃないの。

「雨が空から降れば、思い出は地面にしみこむ」
小室等は作曲で、作詩は別役実だった。

舗装でしみこまなくなったんだから、なんとかしてよね。
「しょうがない」じゃなくてサ。
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『雨が空から降れば』作詩:別役実 作曲:小室等

雨が空から降れば 思い出は地面にしみこむ
雨がシトシト降れば 思い出はシトシトにじむ
黒いコーモリ傘をさして 街を歩けば
あの街は雨の中 この街も雨の中
電信柱もポストも ふるさとも雨の中

しょうがない 雨の日はしょうがない
公園のベンチでひとり おさかなをつれば
おさかなもまた 雨の中

しょうがない 雨の日はしょうがない
しょうがない 雨の日はしょうがない……

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リクエストがあれば、歌いましょか。

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この記事へのコメント
どうしても車に乗りたい人は、人っ子一人通らないような郊外を走れば解決すると思うよ。
水もはね放題。スピードも出し放題。空気も汚し放題。
分煙と同じだ。
Posted by 長女 at 2008年03月21日 10:26
都市計画でも、市街地は車線を減らすとか、曲がりくねった道にするとか、コブ(隆起)をつくるとか、アホドライバーからすると「やめてくれ」というような計画もありますね。近頃。
アホドライバーが「やめてくれ」というだけでも効果絶大の証左なのですが、それとて対処療法。

脱クルマ都市宣言をするカッコイイ都市が現れたら引っ越します。
もちろん、会社はTヨタの仕事を受注しつつも。
Posted by 伝道対処法 at 2008年03月21日 10:46