2016年06月30日

インタビュー「岡崎、大好き!」

image☆岡崎との関わり、岡崎への思い

生粋の岡崎っ子と言えます。
先代が戦時中に名古屋から疎開で岡崎に移って来て、焼け残った東岡崎駅前の実家で、1949年に東岡崎駅前に生まれました。
それ以来、大学・社会人の東京の7年間を除いては、ずっと60年岡崎に住んでいます。
住まいも会社も菅生川以南、子供の頃は康生が憧れでした。
今や岡崎は、「伸びゆく南部」ですけどね。

☆これからの岡崎のみどころはなんですか?

なんでしょうね。
住みやすい街だと思います。
観光とか力を入れてますが、あまり実を結んでいませんね(失礼)。私は今の「良さ」をさらに進めた「豊かな暮らしの街」が「岡崎」の進むべき道と思います。
これじゃ「みどころ」になりませんね。
以前、もう20年も前になりますが、地元タウン誌の編集長さんと「岡崎城を壊す」運動をやろうなんて(冗談で)言ってたことがあります。
岡崎城は求心力になるんだろうか、家康は?って。却ってその呪縛がない方がうまく行くみたいなね。あ、これ誤解されそう。皮肉じゃないんです。
観光の企画も、困った時の城だのみ、家康だのみ、花火・桜だのみみたいな。
私の友人が名古屋から来た時、東岡崎駅からバスで岡崎美術博物館に行き、またバスに乗って「りぶら」に行ったりします。そのあと岡崎公園を歩いて通って、東岡崎駅前の居酒屋さんってコース。居酒屋さんは特に岡崎名産でなくてもいい(あってもいい)んです。それで彼は素敵な街だなあって喜んで帰ってくれる。
みどころは「豊かな暮らしの街」岡崎で、我々もそれを進めて行くのがいいんじゃないかって思います。
いい街資産は、お寺の数じゃなくて「人と暮らし」じゃないでしょうか。

☆今後の夢・希望をメッセージをお願いします。

10年前社屋を新築しました。当時は何もなかったですが、今や400戸の住宅と健診センターと中学校のある春咲の丘です。
誰でも環境の良いところに住みたいと思いますよね。しかし、建てた時からその建物と住まいぶりは周りにとっての環境となります。したがって周りに溶け込んだ欲をいえば素敵な社屋を立てないといけません。だって周りにとってみたらそれが環境なのですから。周りの住宅街も健診センターも中学校も素敵な建物です。うちの会社の周りの旧住宅街もそれに影響されてから、かなりの新築されてるお家が目に付きます。それも素敵なお家ばかり。
これって岡崎にとって大事なことだと思います。
うちの会社も、印刷物という形を借りて、綺麗なものカッコイイものを提供しています。岡崎がこう言った綺麗なものセンスのいいもので溢れる街にしたいですね。それが社会貢献だと考えています。
それが、住みやすく、みんなから憧れられる「豊かな暮らしの街」への道だと思っています。

*FMおかざきでの「岡崎大好き!」の収録があった。
珍しく前以て、どんなこと答えよかと準備した原稿がこれ。
「岡崎城を壊す」下りはカットになったけど。残念。

と言いつつ、放送は明日7月1日。

この記事へのトラックバックURL

この記事へのコメント
そうですか・・・
私は仕事・旅行以外は岡崎市から出たことがありません。
両親も私も生粋の岡崎っ子です^^
Posted by いし屋のI塚くん at 2016年07月24日 19:45