紀行文

2017年06月10日

ホテル到着、軽食(RI大会の旅:1日目)

ホテルは、Grand Hyatt Atlanta in Buckhead。
高級住宅地バックヘッドの中心にある高級ホテル群の内のひとつだ。

imageホテル到着は22時、ということで軽食が用意されていた。

シーザーズ・サラダとチキン(ターキー?)サンドイッチ。
写真で大きさはわからないかもしれないが、20cmはゆうにあろうという代物。
具もたっぷり、ヘビー。

旅で空いたお腹を満たすにも余りある大きさ。
旅で疲れたお腹にはズシリとこたえる大きさ。

それを上回るサイズのサラダ。
野菜の口ごたえ(歯ごたえでした)も半端ない。

アメリカン・サイズの洗礼が早くも始まった。

image食事の席に着くなり、飲んべえS賀さんの勧めで、即ビールを頼んだ。

ビールは、「Sweet Water」。
4.7%のライト・ビア。
このビールで流し込むにも一苦労の量だ。
自然と酒量も進まない。

でも美味しいよ、食事も酒も。
その後の食事が楽しみだ。

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アトランタへ(ロータリー国際大会の旅:1日目)

40ED38F7-DFD3-46D8-9FEC-0D107AEF0C09昼に家を出て、バスでセントレア。

16時30分発のデルタ航空、途中デトロイトで乗り換えて、20時16分にアトランタ着。
引き算すると3時間46分だけど、時差があるので16時間46分だ。

家を出てからアトランタのホテル着までだと、23時間だよ。
乗りっぱなしのセントレア〜デトロイトの12時間35分、でも嫌じゃない。

今回、南部(アトランタのことじゃないよ。岡崎南部だよ)の仲間4人が、岡崎ロータリーの16人に便乗しての旅。
アトランタで開催の、RI大会へのエントリーだ。

で、私だけ「エコノミー・クラス」、他のメンバーは「プライム・エコノミー」以上、セレブゥ!
したがって飛行機の中は、周りをロータリアンに囲まれることなく、快適?

なんせ、12時間35分だものね。

brother_p at 23:12 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2017年06月09日

ミャンマー反省会

imageミャンマー反省会をT村くんに企画してもらっていた。
今日がその日なのだが、会場は「くいしん坊」という居酒屋、和風。

せめて、タイ料理屋さんにすればよかったのにと、未だに「反パク派」に嫌味なツッコミの私。

(性格悪いなあ、直らんなあ)

結果、8人全員が集まった。出席率100%

imageでも、この写真は違うよ。
定番の豊Sさんにお願いしたのだが、「カメラ持って来てないよ」だって。
で、この日の写真は無し。

写真は、5/17ミャンマーのセレモニー時の「私達席」。
カメラマンの豊Sさんは写っておらず。
カメラマンの宿命?

そのうち、撮影者も写るスマホ・アプリが出るよ、きっと。
iPhone7あたりで期待してたんだけどなあ。

さてミャンマー反省会、アトランタ壮行会にしてやろーと思ったが、そうもならず。
ミャンマー8人のうち、アトランタは私一人だし。

アトランタ、パクチー無いよな。ハハ。
行って来ます。

brother_p at 22:30 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2017年05月30日

ミャンマー報告会@RC例会

image帰国翌日火曜日にRCの例会があったのだが、あまりに忙しいと1週間後の今日「ミャンマー訪問報告会」

S団長取り仕切りの各メンバーの報告に続いて、私に多くの時間(10分!)をいただけた。

「親パク」派と「反パク」派の抗争(香草)について、プレゼンをした。

S君にハーモニカを持って来させたが、歌う時間はなかった。

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2017年05月29日

まだ、馴染めない?日本食

imageミャンマー・タイから帰国して、ちょうど1週間。

まだ、なかなか日本の食事に馴染めなくて、、

今日も、寿司ランチを食べた後、コンビニで東南アジア系のカップ麺を買ってしまった。
会社のランチ用買い置きだ。

インドネシアの「スパイス香るココナツカレー味」
香港の「ホタテとエビの旨味たっぷりXO醬シーフード」
そして、タイの「トムヤンクンヌードル」

このコンビニは、東南アジア系少ないなあ。

brother_p at 14:03 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2017年05月24日

えっ?ミャンマーで発症

花粉症歴の長い私だが、まるで治療も対策もしてなかった。

imageそれが近頃、「コンディションの良い日々を過ごす」ことに留意し始め、花粉症の薬を飲み、花粉症に効く甜茶を飲んでいた。

そこで、ミャンマー・タイではどうするか?
ネットで調べたら、ミャンマー・タイでは花粉は飛んでいないということで、薬も持たず茶も持たず出発。

image当初は順調だった。

だが3日目、ミャンマーの精米工場を訪ねた時、ナント突然発症したのだ。
出まくる鼻水、写真ではこの日から(お馴染みの)マスク顔が写っている。

最後の二日、バンコクではほどほどに治っていたが、中部国際空港でのバゲージクレームで荷物を受け取る際、またもや出血いや出鼻水。

それも、ミャンマーで発症した時の何倍もの鼻水。
5枚がさねのティシューから溢れ出る鼻水。

これが今回の旅の最大の災難?、やさしいもんだ。

brother_p at 14:56 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2017年05月21日

豪華朝食ブッフェとシメは高級イタリアン、ミャンマー食の訪問記5/21

18527811_286470608425266_4965853693981443548_n「反パク派」の反撃は続くが、この頃には「親パク派」もしっかり洗練された味に飛びついている。

しっかり、パクチーを歯にはさげた(=挟まったままの意:三河弁?)ままね。

超高級ホテルの朝食は、豪華ブッフェ。すなわちエクスペンシブ。
「反パク派」は、「ここで食い溜めすればいい」ぐらいのことを言う。

でも私はやっぱ、質素なアメリカンブレックファースト的になる。
な〜んて、日和らない「親パク」は気取っているのだ。

この辺で、もはや私シンパなし?

この日、日中はタイの世界遺産など観光。
象にも乗った。
そして一休みした後、最後の晩餐はバンコクの高級イタリアン。

「親」も「反」も安心した味と、心配な支払いを胸に楽しい食事で時を過ごすのだ。

そして、ホテルでシャワーを浴びた後、0時5分のタイ国際航空で帰途に着くのである。

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2017年05月20日

「反パク」派の逆襲バンコクの夜、ミャンマー食の訪問記5/20

image「ネズミは出るが水は出ない」ホテルに泊まる状態から、バンコクでの今宵の一泊(正確には夜中のフライトまでチェックイン状態なので、二泊。

「反パク」派には、逆襲のチャンス。

imageマンダレーから空路でバンコク到着後、先に帰国する二人(親パク)とお別れ。

残った6人(親パク2、反パク4)はこの夜の宿泊の超高級ホテルで一休みした後、今回の旅の1日目に下見を済ませた、バンコクの夜へと繰り出す。

まずは、日本食の店で腹ごしらえ、というか「反パク」派には安息のひととき、元気も回復?
私が、「肉が食べたい」と注文すると、「何ニク頼んでんのよ?」と攻撃してくる。
よっぽど辛い時間を過ごしてたんだなあ、と理解しつつもさらに「魚はいらない」と肉を。

その反撃も、日本酒の生酒が胃に収まった頃、穏やかとなった。
「やっぱ、日本食、日本酒だね」と満足していることだろう。

食事を終え、頃合と夜の街に消えるメンバーを横目で見て、私一人に。

ここで、「親パク」対「反パク」は2対4のはずが、1対5になったような。
いやいや、親パク一人は日和ったのではなく、人間の幅があるのだろう。

私一人孤独に、しばらく夜の街をぶらついた後(おんなじか)、ホテルに帰る。
タクシーを拾って帰ったのだが、チャットを全く持っておらず、ドルは受け取ってもらえず。

ホテルのフロントで47チャット分のドルを両替してもらい、タクシーに支払うことができた。
その額2ドル、超高級ホテルのフロントで、わずか2ドルを両替し、それもしっかり書類を書いて、ハハ。

お待たせしたタクシーの運転手君に2ドル分のチャットを全部あげたら喜んでた。
チャット残しても使わないし、使えないし。

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2017年05月19日

ミャンマーは「太陽のあたる場所」その2、ミャンマー食の訪問記5/19

image(前項より続く)

高級北京料理レストランの個室に丸テーブル二つ。
ひとつに、岡崎城南RC御一行様8名、ひとつに、現地随行のお世話役さん達。

_SX425_歌う曲は「太陽のあたる場所」、ヨシヲスズキで練習中の曲だ。
腕試し、度胸試しなのだ。

アカペラ、手拍子で歌う。
イントロと間奏・後奏はハーモニカ。
ブルースハープを持って来た。

ところがこの手拍子、城南テーブルはノリが悪い。
ノリが悪いどころか、手拍子ができない状態、歌の邪魔。
かたや、ミャンマーテーブルはノリが良い。

途中で、城南テーブルのT君からタオルが投げられた。オイッ。
反パク派の領袖T君から。

かたや、ミャンマーテーブルは大喜びでスマホ動画を撮りまくり。
こうでなくちゃね。

歌の方はといえば、酔っ払っていたし(練習中の曲だし)、ハモニカ落とすし、ヘロヘロだったが、目的は達したじょ。

なんにしても、ノリが良かったので「合格」

ミャンマーは「黄金の国」と言われているが、希望あふれる「太陽のあたる場所」だ。

brother_p at 23:59 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

ミャンマーは「太陽のあたる場所」その1、ミャンマー食の訪問記5/19

image5/19マンダレーの夜、高級な北京料理のお店み連れて行っていただいた。個室。

北京ダックを始めとした洗練された料理、洗練された味。
ここの北京ダックは肉も食べるんだ!とか言いながら、親パク反パクを超えて箸が進んだ。
image
でもまだ、香草怖しの疑心暗鬼の恐る恐る。

実はこの旅、ヨシヲスズキで歌うチャンスを狙ってた。
公式行事のあとの懇親会でと狙っていたのだが、ビンゴが長引いて出番がなかった。
image
あれから2日たち、旅も終盤。
歌うならここと、スズキくんに無茶振り。

だが、そこは親パクのスズキくん。
お調子者のスズキ団長。

二人、立ち上がってアカペラで歌うこととなった。
いや、歌うこととした。(続く)

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果物天国とりわけマンゴ、ミャンマー食の訪問記5/19

imageミャンマーは雨季である。

いつもは旧正月(アジアはこちらが主流)後の2月初旬に訪れていたが、今回の国際奉仕委員長・訪問団長のS君が、「過酷な季節に行ってみたい」ということで、5月下旬となった。

さすが「親パク派」「郷に従え派」。

ところが、まるで雨が降らない。
一度降ったが、夜中。

でも、ご安心を。
とにかく暑い、日差しも半端ないから。
image
移動の途中で立ち寄る、機織り工場など地元の企業?仕事場や、奨学生の家庭訪問?
いや、立ち寄るのでなくて、「ソコ」に移動するのだけどね。

私たちが建設した施設の視察でも同様。
imageそこで、お茶とともに出されるのが果物類、それも決まってマンゴ。
この時期のミャンマーはマンゴで決まり。
熟して美味しい。

家庭にも必ずといって良いほど、マンゴの木が1本植わっている。

image
このマンゴには、「親パク派」「反パク派」なく、手が伸びる。
「親パク派」の中でも、写真(K君とS君)のように、ラブラブ度が高まるのだ。

しかし、今思えばこのマンゴ他の果物類、切って皮も剥かれていたなあ。
以前、皮を剥いた果物も、食べるとお腹を壊すって言われてた。
水で洗うから、その水が汚れていてあたるってね。

今回は来てないけど、T生君なんて東南アジアを一緒に旅するときは、必ずナイフ持参だった。
(きっと彼は、反パク派だね。)

冒頭の写真は、街道沿いに店を出している果物屋台。
ここでは、マンゴを手で剥いて食べたよ。

といったマンゴづくしの旅で、一生分のマンゴ食べたサ。
内緒だけど、最後は食傷気味(で両派一致)

brother_p at 11:00 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2017年05月18日

施設視察、家庭訪問、ミャンマー食の訪問記5/18

IMG_735419年のミャンマー支援の歴史のうち、前半は図書館・道路・水道等の建設・建築。
今回施設を訪れると、活用の様子、不具合・老朽化などがわかる。
また、岡崎城南ロータリークラブの名が刻まれていたり、当時の訪問団・式典の写真が残されていたり、感慨も一入である。

IMG_7347こう書いて来ると、お役目でがんじがらめの旅のようだが、そうでもない。
後半は、観光もある。

なんせ、長い距離を車で移動の連続。
学生も、この会のために数百キロをバスで駆けつけたり、バイクで夜通し走って来た学生もいる。
こちらも移動の間、地元の企業を訪ねたり、奨学生の家庭を訪問したりの連続。やっぱりお役目だらけかもしれぬ。

IMG_7500奨学生の家庭訪問の時も、家庭料理でもてなされる。
それもミャンマーのご馳走なんだよね。

ここでも、「親パク」「反パク」
箸の進む組と進まない組(スプーンか、ミャンマー)
この頃になると、お腹に入ればいい派(I倉君)が精力いや勢力を持って来たぞ。

さあ、明日は車でマンダレーへ。

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朝食はモヒンガー、ミャンマー食の訪問記5/18朝

18620394_286675748404752_3884654089100901985_n5/18朝、昨夜の行事会場で朝食。
そこへ、昨夜都合で出席できなかった3人の新奨学生がやって来た。
そこで奨学金と来た記念品の授与。

授与するのは、ミャンマー訪問のきっかけを作り、また育ててくれたO田さん。
18582128_286675781738082_506975754405137263_n
ところが、男子学生(大学1年生)2人の後、女子学生になったらA会長が授与者に。
ちゃっかりK彦さん。

朝食は、モヒンガーという米の麺をいただく。

18556230_286675821738078_7139028154509554397_nこれが意外と、「反パク派」の「日本食が一番」のT君にも受けいてられて、「美味しい」とまで行って食べていた。

I倉君は、美味しいと感じてないにもかかわらず、お代わりしていた。
彼には、食物摂取が生きる道なのだ。
myanmar1
確かに、この麺おいしいよ。
ミャンマーの米は、チャーハンにしても美味しいし。
ミャンマーは、かつては世界一の米の輸出国なのだ。

「日本の米が一番」という人も多いけど、何も「米」というくくりで競うことないのにね。

種目を決めて競いたがる。
結論は「日本が一番」。

この旅は、「親パク派」と「反パク派」の香草のいや抗争(くどい)の旅。

「やはり日本が一番」派と「郷に入れば郷には従え」派。
4人対4人、がっぷり四つの抗争は続く。

brother_p at 11:36 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2017年05月17日

うずら?に再会、ミャンマー食の訪問記5/17夜

image開けて2日目、5月17日は飛行機でタイのバンコクからミャンマーのマンダレーへ。
そこから車で4時間シュエボ、公式行事の開催地だ。
ここで、公式行事の奨学金支給・交歓夕食会がある。

IMG_2381到着すると準備万端、拍手のゲートで迎えてくれた。
ところが、地元の名士が遅れて来るとあって、宴席の準備も進んでしまう。
式典の始まる前に、食事が配膳されるは、ビールが運び込まれるは(ここからは、当然ミャンマービール)。
IMG_7210私の好物の鳥の(ウズラ?)丸焼き?丸揚げ?も並べられた。

ところがここで、「パクチー派VS反パクチー派」の香草いや抗争に異変が起きた。
反パクのI倉君が、「この鳥の丸焼きは食べられる。好物だ。」と言い出したのだ。

これは意外、反パク派の分裂か?と思ったが、川魚の丸焼き(写真)には手こずっていた。
ちなみにI倉君は、188cm、120kg、食べられるものはなんでも摂りこむ人なのだが。

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2017年05月16日

タイでエビを釣る?ツアー、ミャンマー食の訪問記5/16夜

IMG_7157バンコクに着いてホテルに落ち着いた後、街に出て食事。
明日からへの英気を養う晩餐である。

エビから始まり、タイ料理の数々。
「タイでエビを食う旅だ」と誰かが私の持ちネタを言う。

IMG_7164ここは、SOMBOOM SEAFOOD レストラン。

美味しい料理(訪問団評価:星5つ)と美味しいお酒で(シンハービール)でテンションマックス。
良い旅になりそうだ。

ここではまだ、パクチー論争は勃発しておらず。

IMG_7172ホテルに帰ったら、タイの国王の遺影が飾ってあった。
亡くなってもう半年? まだ空位のままだ。

このホテル、バンコクの高級ホテル。
タイはやはり、東南アジアでは進んでいる国。

brother_p at 23:26 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

朝、バンコクへと発つ。ミャンマー食の訪問記5/16朝

IMG_7132今回の、岡崎城南ロータリークラブのミャンマー訪問団は8人。
私は撮影役なので、写ってないのだ。

お酒大好きが6人と、完全下戸1人、ほどほど1人。
果たしてどうなることやら。

パクチー大好き3人と、大嫌い4人、ほどほど1人。
果たしてどうなることやら。

この写真にもあるが、早くもパクチー入りカレーを食べる君(酒◯・パクチ◯)。
もう食べ納めと、和食を食べる君(酒◯パクチ×)。

チェックインを済ませ、搭乗を待つセントレアの朝のフードコートにて。
ここでは、6人がビール。

さあ、今回の旅。
如何なる飲食絵巻が繰り広げられることやら。

brother_p at 10:00 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2016年12月02日

二席入選

image先日のロータリー例会。
会場に、額入りで写真が飾られていた。

城南写真同好会が、会員に作品を公募。
題材は、「一泊例会、博多への旅」

続々と集まったかは聞かなかったが、私も写真同好会の端くれ(会費のみの参加)として応募した。
それが「二席」に選ばれたんだと。

image題材は、「呼子のイカ」のアップ。

これ実は実際のイカを撮ったんじゃなくて、イカ料理のお店の廊下に貼ってあったポスターの一部を撮ったものなのだ。

わあ、パクリだ。マヤカシだ。
そう言われるよね。

でも私の「アート」とは、観る人のそういう反応も含めて「アート」なのだ。
「アート」とはそういうものなのだ。な〜んちて。
だからこのアートは、当選という過程を経ないと「実はね、、」と話せない。
成立しない。
そこも織り込みずみなのだ。

マッド・アマノやアンディ・ウォーホルなのだ。
(なんか、大袈裟になってきた。はは。)

brother_p at 09:39 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2016年11月08日

ここ通ったよ。事故の10日前。

imageここ通ったよ。

10月29日のロータリーの博多旅行、夕食に水炊き鍋で宴会。
そあと午後9時前、K藤Y則くんを先頭とする10人は、盛り場を求めて歩いていた。

まさにここ、博多駅前2丁目交差点を西に曲がって中洲を目指したのだった。

その10日後の11月8日午前5時、幅27メートル長さ30メートルにわたって陥没したのだ。
死者はなし。
われわれ10人も無事だった。

いやその後の盛り場で、無事でなかった人も居たかも知れない。


brother_p at 12:14 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2016年10月30日

「武蔵、待ちかねたぞ」で有名な島らしいが

image焼きカレーの後、門司から「巌流島」に渡ったのだよ。

巌流島上陸は、今回の楽しみのひとつ。
なぜって、アントニオ・猪木とマサ・斎藤がデスマッチを闘った島なのだよ。

imageまた、宮本武蔵と佐々木小次郎が闘った島でもある。
こっちの方が有名か。
いや、みんなこっちしか知らないか。

島へ向かう船の中で「猪木と斎藤が闘った島」を強調するのだが、いつものように「オオカミ少年」状態の私。
信用してもらえない。
ま、それが狙いのツカミなんだけどね。

image島に石碑があった。
それに巌流島の歴史が刻んである。

あった、あった!
その中にアントニオ・猪木とマサ・斎藤が闘ったことが刻されていた。
ほらごらん。

オオカミ少年はドヤ顔をするのであった。

武蔵と小次郎から375年の時を経て、1987年猪木と斎藤が闘ったのだ。
そこに今立っている。泣ける〜。

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2016年06月23日

訴求力というチカラ

image印刷組合の日帰りバス旅行で立ち寄ったサービス・エリア。

私はこのサービス・エリアってものが何だか好きで、買いもしない食べもしないのに歩き回る。
いや、この頃よく買うかも。
置いてあるものも、近頃工夫してあってイイものが多い。

近頃、中国人で溢れ返っているけどね。
それも魅力のある証拠か。

そこに貼ってあったポスター。

高速道路
リニューアル
プロジェクト、
はじまる。

地味だけど、なんか訴求力あるなあ。
高速道路が良くなるんだ。
通行の便利さもあるだろうけど、サービス・エリアもさらに充実するんだろうなあと、クルマに乗らない私にも響く。

書体もゴシック1書体しか使ってない。
(また言ってるよって思わないで)
訴求力ある良いポスターと思うのは私だけ?

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2016年06月16日

なんでもパンになる?

image先日の伊勢への旅行の途中、サービスエリア。

トイレに行きがてら、色々お店を回るのが好きである。
買わないけど。

見つけたのは「伊勢うどんgaパン」
わあ、パンの中にうどん。
こりゃ、なんでもありだね。

焼きそばパンはとっくにあるし。
キムチパン、あさりしぐれパン、梅パン。
明太子パンなんてのもあるか。

そろそろ、餅パンとか、冷麦パンとか。
究極のご飯パン、オニギリパンもいいね。

brother_p at 10:35 コメント( 0 )トラックバック( 0 )  

2016年06月13日

車中ビンゴ考

imageバス旅行につきもののビンゴ。
移動時間に退屈させないようにと、定番となっているようだ。

印刷組合でもそうである。
今回も、行きと帰りの2回。

昔?は、バスガイドさんがずっと歌を歌っていたり、人迷惑なカラオケ大会なんて時代もあったっけ。

今回のビンゴは、「2列」
今回も私は、穴は開けどビンゴにならない。

写真のように、5×リーチ。
残っている数字は6つ。
なかなかしぶとく生き残っていたようだ。

ところで、ビンゴでは何個残りでが最小残り数なのだろう。
今回はビンゴ=5個残りなのだが、ビンゴ=4個残りって有り得る。
3個残りって可能なんだろうか?

と、考えてみる。

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2016年06月12日

愛印工岡崎支部研修旅行は、伊勢

image愛知県印刷工業組合岡崎支部研修旅行は、サミットを終えたばかりの伊勢路。

この旅行、なぜか「研修」の名がついている。
確かに、世間勉強にはなる。
旅は、学びも多い。

普段顔を合わすことのない、他の印刷会社の社員さんとの交流。
って、ウチの会社は私単独参加。
社員旅行として活用している印刷会社さんもいるのでね。

今回の目玉は伊勢神宮と、松坂で昼食焼肉食べ放題。
松坂牛食べ放題ではなくて、松坂で牛肉食べ放題だった。

一日中小雨だったが、楽しい一日を過ごせた。

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2016年06月08日

余市孝行

imageニッカ蒸留所、行くまでは「やっぱ、竹鶴より白州」なんて思って行った、実はね。

でも見学して、「マッサンとリタの物語」を知って、試飲をしまくって、21年物とか有料試飲までして。
「竹鶴」いいなあ。美味しいなあ。
と、余市ファン、竹鶴ファンになる。

で、竹鶴ウィスキーをお土産に買って帰るかというと、買わなかった。
帰って、2〜3日経ってウィスキーが飲みたくなって、竹鶴のピュアモルトを買った。
美味しい。

これって、余市孝行の私流。
生活の中で、竹鶴美味しいって飲み方が、真のファンの流儀。なんちて。
かしらね〜?

余市の旅に未だ酔ってる私のようだ。

写真は、旧下余市・運上家を訪ねた時の、NPOの語り部さん(真ん中)。

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2016年06月05日

The Longest Dayの翌日、小樽運河クルーズ

image小樽に着いて、運河をボートで遊覧。
小樽運河クルーズ。

運河と言っても、入江の一部って感じ。
それでも1時間かけてゆっくり回る。
いくつもの橋をくぐるのも楽し、思わずかがんで首をすくめてしまう。

程よい異国情緒、やっぱ北海道、さすが小樽。
少し冷えたかな、6月の小樽水の上。

ところで、昨夜は深夜まで余市と会津の仲間と懇親、ザ・ロンゲスト・デー。
20時間は楽しんだ。

ボートといえば、ザ・ロンゲスト・デー(史上最大の作戦・1692)の上陸用舟艇。
長かった1日だったんだろうなあ。

ミッチ・ミラーの主題歌を覚えたもんだ。

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ここで二人は暮らしてたんだ。

image余市と言えば、ニッカ余市蒸留所。

確か3度目?の余市(いつもロータリー周年がらみ)だが、毎回ここを見学する。
今回は、NHKの連ドラ「マッサン(マッサンとリタの物語)」放映後ということで大いに盛り上がっている様子。

二人の住んだ館も保存されていた。
中には、間取りの模型もあって。

ここで二人は暮らしてたんだ〜、ってなんの感慨か。
ドラマ見てないし。

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2016年05月13日

「さかなセンター」の「楽しみ方」

image旅の帰路の定番に「さかなセンター」立ち寄りがある。
定番の旅ではない今回でも、立ち寄ったのである。

ところが、定番でない?私は、お土産を買うことが定番でなく、必須でもないのだ。
そこで考えた。
「そうだ。寿司を喰おう」

焼津さかなセンター50数店舗のうちには、その場で握ってくれるお寿司屋さんがあるのを知っていた。
2軒ほど休業?だったが、営業中を見つけてK岡さんと席に着く。

大トロ2貫と冷酒。
K岡さんも大トロ2貫とビール。

なまじ食べると、いや飲むと食欲が湧く。
わたし雲丹、K岡さん烏賊、食べ終えた頃に集合時刻となった。

贅沢なこっちゃ。
皆様も是非お試しを。

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箱根ガラスの森美術館では、まず実習

imageポーラ美術館でやさしい「アート」体験の後、箱根ガラスの森美術館で、さあ「工芸」。

ということか、まず「サンドプラスト」体験。
私は「バラ」、最難図柄に挑戦した。
茎がアスパラ並みに太くなったところもあったが、まあ大満足の出来である。

image冷酒用のお猪口ができた。

ところで、このガラスの森美術館、「工芸」なんて言ったけど十分「アート」。
ポーラ美術館で「ガレ」を見た後、「ベネチアグラス」かみたいな、「工芸」に上から目線みたい?ってわけでなくね。

「人の手の加わりしもの」が大好物な私には、ご馳走様な美術館なのだ。
と、知ったよ。今回。

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箱根ポーラ美術館

image南部ダリヤ会旅行、二日目の朝訪れたのは「箱根ポーラ美術館」

常設の印象派と、企画展「Modern Beauty」
優しいなあ。
さすがのポーラ美術館。
女性の優しさと、私の好きな「道具」のexhibition 。

もう随分前だが、沼津のビュッフェ美術館を訪ねた時は、見終わって疲れ切ってしまった。
なぜかロビーにモネが飾ってあって、ホッとした記憶がある。

優しいのがいい、ポーラ美術館。

と言いつつ、写真のようなグラフィックデザインというか、表現のバイプレーヤーに目が行ってしまう。
表現と訴求力でお手伝いする会社の社長としてはね。

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朝食はルームサービス?

image南部ダリヤ会の旅行、宿泊は「オーベルジュ・オー・ミラドー」、別館も含めて22室。
「勝又流フレンチ」のレストランもそれに応じた収容人員。

今回は、レストランも宿泊も全館貸切である。

朝食は7時半からレストランで、と聞いていた。
時間に間に合うようにシャワーを浴びていたら、「お部屋に朝食をお持ちしますが、よろしいですか?」と電話。
少し後にして欲しいと告げたが「あれ、ルームサービスに変わったのかな?」

私の部屋は、そんな豪華朝食を並べるほどのスペースはない。
ご覧のように、窓際の小さなテーブルに並べてくださった。

美味しくいただいた。
贅沢な朝食、窮屈だが。

朝食を終え、身づくろいをし、出発集合場所の階下に降りて行くと、なんか訝しげな視線。
昨夜のディナーを囲んだO社長、K副社長もなんか妙な感じ。

「岡田さん。、朝食はレストランに降りて来なかったねえ」

えっ、皆さんレストランで朝食だったのだ。
昨日と同じテーブルで。

手違いで私だけルームサービスだとわかった。

「こんな狭いのに、なんでルームサービス?」とホテルの方も思っていたのかもしれないね。

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2016年05月12日

天空を歩く。

imageホント、空が青い。

その天空を歩く。
三島スカイウォーク、全長400m、高さ70m、歩行者専用としては日本最長の吊り橋だ。
幅は1.6m、車椅子同士がすれ違えるくらい。
今日は風がない、と言っても揺れる。

ところが、みんなスイスイ渡っている。
みんな平気なんだなあ、と思う私はあんまり平気じゃない。

昼食時のお酒を控えめにしておいて良かった。ホント。
image
青空の先に富士山も見える。
でも、眺める余裕はない。
風の影響を減らすため、足元はグレーチングになっている。
足の先の彼方に谷底が覗く。
でも視線をそちらに向けられない。

ひたすら、前だけ見て歩く。

ひとり、連れと離れて歩いた。
連れがいれば、「怖くないよ」と強がりオーラを出せるのだが、一人だと恐怖が増すよ。
そんな自分を発見した。

お酒は、すっかり醒めちゃった。

それにしても、一企業が「地元に恩返し」ということで、「名所」を作ったんだって。
大したもんだ。

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世界遺産韮山反射炉

imageやはり飲まずにいて良かった。
食べずにいて良かった。
と、ほろ酔い満腹でこの旅最初の見物先。

異様な外観の四角い煙突がそそり立つ。
何のことやら分からぬまま、世界遺産韮山反射炉。

そもそも「反射炉」って?
狭い炉の天井に熱がこもり、その熱と炎が反射し、また炉の温度を上げる。
何を作る炉なのかというと、大砲の鋳造。
image
ユニークなペケポンの外観は、どうやら世界遺産を護る耐震補強のようだ。
古い時代の写真にはそれがない。

反射炉にもじって、「逆光」で撮ってみた。
(関係なかったか)
O社長もそう思いついてか「ほら」と写真を見せてくれた。
それで、「私も、ほら」と。

それにしても、青い空。

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昼食時まで、お酒はおあずけ

image最初の立ち寄り地は「韮山反射炉」、世界遺産なのだよ。
何が「反射」してるのだろうと思いつつ、現地へ。

でもその前に昼食、韮山でお蕎麦とトロロ飯とお酒。

いつもはサービスエリアで、そば食べたりするのだが、今日は自粛。
お酒も自粛というより、バス旅行で出発間もなく配られる酒類(主に缶ビール)には手を出さないのだよ。
口もつけないのだよ、私。

旅と言えども、普段の生活のペースは変えちゃいけない。
従って昼は当然?飲むのだ。

蕎麦のお供に選んだのは「韮山反射路」。
大丈夫かと思ったが、小さく「花の舞」と書いてあるから、飲めるだろうと。

S田Y孝くんと二人で300ml瓶を2本頼んだが、1本しか飲まずお持ち帰り。
そうなのだ。僕(ら)は、お酒にガツガツしてないのだ。
旅の空と言えど。

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一泊二日、箱根への旅

image木金曜日は、金融機関の会「南部ダリヤ会」の一泊バス旅行。

平日の朝イチで金融機関さんの南支店に集合、大勢の庫員さんにお見送りされて出発。
あれ?
参加予定のOさんがいない! K支店長も行かないの? ダリヤ会長もお見送り組だ。

ともかくも、箱根に向かう。

旅行企画担当は、「目利き」のO原社長。
いつも「自分が日頃行きたいと思っていたところに行く」というだけに、期待大の旅だ。

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2015年09月05日

旅の楽しみ

image夏の尾瀬で撮った写真をSっちゃんに送ったら、お礼のメール。
「尾瀬の写真をありがとう! 久々に旧友との旅が味わえて楽しかったし、白州も美味しかった〜」

そうだなあ。
確かに「白州」のソーダ割り、美味しかった。
「白州」180ml瓶とソーダと氷を買って、バスに乗り込んだんだけど、サントリー「白州」はNッカの「T鶴」より美味しよ。

でも思うんだけど、こうやって買い込んで乗車しないと、サービスエリアじゃアルコール一切売ってないのもなんだかなあ。
そら、飲酒運転の抑止効果もあるんだけど、「売っててよ」って思うよ。

そう思いつつも、乗車前に原酒を買い込み、サービスエリア毎に氷やソーダを買い込む。
それと、ツマミも。
そんな対抗策を労するバスの旅でやんす。

しかしバスの中、飲みながらのトークは明らかに高齢者話題だったよな〜。

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2015年08月16日

数年前、幻の富士登山。

image数年前の夏、いつものK彦さんの誘いで、富士登山に行くことになっていた。

ところが前夜、台風来襲。
直前でツアー中止となった。

リュックも買って、トレッキング・シューズも買って、準備万端だったのにね。

翌日のニュース。
現地に向かう道筋だった東名高速の片側車線、完全陥没だと。
行かずによかった、中止でよかった。

またその翌日のニュース。
富士登山の駐車場、落石で駐っていたクルマの運転席が、落石でぶっ飛んでいた。
運転手さん、死んじゃったんじゃなかったかな。
行かずによかった、中止でよかった。

そんな思い出のリュック背負って、今回尾瀬に行ったのだ。
出発前夜、そのリュックを部屋から発見すると、中にはタオル、洗面具、懐中電灯が入ったまま、数年前のまま。
そして、この写真の吸入酸素まで入っていた。

今回の尾瀬では、不要なので持って行かなかったけどね。

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2015年08月15日

木道の補修

image尾瀬の話を引っ張りすぎだけど。

尾瀬の木道(もくどう)は全長65kmに及ぶ。
国立公園である尾瀬ヶ原の環境を守るために、人はこの木道のみの通行となる。
「木」である木道は環境にやさしいが、劣化も激しい。
よって、補修・取り替えも頻繁となる。

写真の「H27」という焼き印は、平成27年つまり今年取り替えたという標示。
木道に刻印されている。H15もあれば、H21もある。

その「H27」の下にあるマークは、この補修の施工をした会社、あの「東京電力」の子会社なのだ。
福島原発の。

企業というのは「クロ」もあれば「シロ」もある。
グラデーションで「グレー」もある。
時として「白黒」併せ持つ。

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2015年08月14日

尾瀬ヶ原ハイキング報告会?

image当初は、8月12日帰岡直後に行われることになっていた?「尾瀬報告会」という名の飲み会。

岡崎到着が午後9時30分とあっては、旅先からY則くんに急遽延期司令。
というわけで、今夜開催となった。

この旅に行きたかったが行けなかったN井さん、報告会を切望のN康くん、何にかこつけても飲み会参加のY則くんI塚くんI倉くん、今回の報告者?K彦、T生、Sっちゃんと私。

お盆のスケジュールの合間をかいくぐって参加の面々、9名の大報告会?となった。

場所は、馴染みの東岡崎駅前「たぬき」、オカダ会の例会場だ。
尾瀬で買ってきたK彦さん持ち込みの清酒「水芭蕉」で盛り上がり、勢い?でスッポン鍋を注文。
すっぽんダメのN康くんT生くん◯◯くんがいるにもかかわらず。
コラーゲンをしゃぶり尽くした。

ここで参加者に問題です。
「宿の尾瀬高原ホテルは、基本スキー宿。今回は私たちツアーの数十名以外は、ひと団体だけだった。若者たち一団の合宿だった。そのため24時間やっている大浴場(たぶん温泉)なのだが、18時30分〜19時30分はその団体が集中的に入浴のため、我々は入れないということだった。さて、その団体とは何の団体だったでしょうか?」

飲み会メンバー9名のうち5名は正解できなかった。
4名は当事者だもんね。

答えは「進学塾の合宿」、なるほどね〜。

さんざん飲んで、スッポンまで食べて、お勘定は一人2,000円!
スッポン食べた人も食べない人も。
お酒をたくさん飲んだ人も、飲めない人も。

安〜い。だから「たぬき」なんだけど。

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2015年08月12日

最後の上り坂、足パンパン。

image湿原のハイキングも約1時間歩いてU-ターン。

「山の鼻」へ戻り、3人はトイレに行く。
3人は200円のチップを払ったことになる。
私がトイレに行かないのは、チップが惜しいのではない、念のため。

一休みして(写真)、さあ上り坂の1時間。
グダッてる場合じゃない。
今から「鳩待峠」までが大変なのだ。

だけど、この写真(上)クリックして、拡大して見てごらん。
T生くんの疲れ切った顔、この疲れ様。
Sっちゃん、K彦さんは平気顔。

image←こちらの「吹割の滝」、昨日の25歳とも見える写真T生くんのをごらんよ。

んなこと言ってる場合じゃない。
これからが、大変だった。
甘く見てた、上り坂。
ゴール直前には足パンパン、何度立ち止まろうと思ったことか。

なんにしても、歩き終えた。時に11時30分。

さ、宿に戻って昼食、生ビール。
温泉に入って、帰路8時間だっ。
これも最後に上り坂?

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「水芭蕉の花が、咲いてない」

「鳩待峠」から山道を1時間余り歩いて、「山の鼻」。
さあ、これから湿原を歩く。
その前に、他の3人はトイレへ。
トイレは、100円のチップがいる。
それで、トイレの清掃清潔を維持しているのか。
私がトイレに行かないのは、チップが惜しいのではない、念のため。

尾瀬の湿原を、またもや木道を一列に並んで歩く。

image思わず歌が「夏が来れば思い出す〜」とはならないか。
水芭蕉はあるが、花は咲いてない。
水芭蕉だけでなく、ほとんどの花はシーズンを終えて、夏の終わりの緑一面。
そろそろ水芭蕉は実を熟し、それを狙って熊が来る。

image湿原の向こうに燧岳(ひうちだけ)。
池に映して、「逆さ燧(さかさひうち)」
雲に霞んで残念。

だが、曇り空のハイキングは、暑さもそこそこでありがたい。

今はオフシーズン、10%以下の人出。
シーズンは尾瀬銀座とでも呼ばれるのだろう。

やがて、緑一面の草原は紅葉し、それが山へと移る。
湿原にも季節が巡る。
オフシーズンも、また良し。

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さあ、ハイキング、鳩待峠まで

imageさあ、ハイキング。

ホテルを6時30分発、マイクロバスでハイキングスタート地点「鳩待峠」に行き、そこからまず「山の鼻」まで歩く。
森の中を3.3kmかけて600m下る。
高原から湿地帯レベルまで下るのだ。
image
山道への入り口で、靴の底を払う。
生態系を守るため、岡崎の?種子を入れない。

木道(もくどう)と呼ばれる木の足場を一列になって歩く。右側通行。
下りだからスイスイと進むのだが、今回はおなじ道を往復して戻る。
ということは、最後の3.3kmは上り坂なのだ。
でも、この出発時点では、割合気楽に考えていた。楽勝って。

途中に釣鐘があったり、電流の流れる鉄線の柵があったり。
熊よけなのだそうだ。

そういえばハイカーたちが、リュックに「熊鈴」というベルをつけて、カランコロン鳴らしながら歩いている。

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おじさん旅、宿泊

image2日目、尾瀬ヶ原ハイキングの朝。

5時半朝食、6時半出発なので、4時30分くらいから皆さん起き出す。
高原の朝、涼しく清々しい目覚めだ。

「なんか、みんな静かにぐっすり眠ってたね」
「そうだね。いびきもかかず」
なんて朝の会話。

昨夜は、入浴のあとの夕食で生ビールと冷酒を飲んだあと、部屋飲み。
ワインとビールと冷酒を、22時頃までしっかり飲んだ。

このおじさん四人部屋、クーラーはないけど十分涼しい。
ただし虫が入ってくるので、フロントでガムテープをもらって、目張りした。
殺虫剤も噴霧。

布団もびっちり4人分、重なり合うように。
いびきの激しい私は、右を下に寝るといびきが少ないらしいので、玄関よりの一番左の布団で左を向いて寝ることにした。

22時過ぎには消灯したが、先に眠ってはいびきが皆さんの迷惑になると、布団の中でiPadでネットを見たりして、みんなの眠るのを待つことにした。

すると、消灯間も無くいびきの大合唱が始まった。おいっ。
いびきは1時間半ほど続いただろうか。
おじさんたち、いびき疲れなんだろうか、ピタッと聞こえなくなった。
静寂が訪れ、私も眠ることにした(眠ることができた)。

いやあれは、私が眠りに落ちたのでいびきが聞こえなくなったのかも知れない。
私は眠りに落ちたので、自分のいびきも聞こえなかったのかも知れない。

だが、一番玄関よりだったので、玄関にあるトイレにおじさんたちが行く毎、頭のすぐ上を歩かれ、電灯でカーッと左を向いてる顔の真正面を照らされ……。


高原の朝、涼しく清々しい目覚めだ。

「なんか、みんな静かにぐっすり眠ってたね」
「そうだね。いびきもかかず」
だと。

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2015年08月11日

大移動の末、「吹割の滝」

image出発から、7時間、往路唯一の観光。
群馬県沼田市、「吹割の滝」

なんにも無い移動だけの一日目に、とってつけたような観光かと思いきや、これが素晴らしかった。
大きな岩場に大量の川水が滝となって流れ落ちる、壮大なスペクタクル(ちょっと大げさか)だ。

おっさん4人はその景観に見とれ、1時間弱という時間はまたたく間に過ぎた。
ところでおっさん4人というが、高齢者4人。
平均年齢65歳なのだよ。

写真は、65歳、69歳、65歳の3人、シャッター押してるのが63歳。

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おっさん四人旅、バスツアーで尾瀬へ

imageホリデーツアーは、いつもK彦さんのお誘いから始まる。

かつては、インド、オーストラリア、ベトナム、上海、北京……。
だけど、今回なぜか「尾瀬ヶ原ハイキング」。
観光会社募集のバスツアーだ。
image
朝、7時30分に集合場所の東岡崎に行くと、K彦さん、T生くん、あれSっちゃんも居る。
出発は7時40分ということで、コンビニに買い出し。
なんせ高速道路で移動の行程、サービスエリアにお酒は売ってない。
image
ちらっとK彦さんが「角のポケット瓶を持って来た」というんで、買い出しコンセプトは「ハイボール」。
「白州」のポケット瓶と、ソーダと、紙コップと、氷パック。
最初の一杯用に、缶ビールはアサヒドライ3缶。
(3缶? T生くんはお酒がダメなのだ。そんな人のお世話話はしない)

これで、旅の途中では氷を補給していけばよいのだ。
お弁当は、ツアーについている。

9時間かけて、尾瀬に行く。


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2015年05月28日

会津若松城南RC30周年記念の旅・結(1泊3日の旅となる。)

image飯盛山を後にして、昼食はお蕎麦、その後ゴルフ組と合流して帰途となる。
そんな予定だったのが……。

ガイドさんの話が丁寧だったのか、お蕎麦屋さんで飲んだくれたのがいけないか。
14時15分出発の予定が、この時点で1時間遅れ。
23時10分東岡崎着予定が、日をまたぎそうなのだ。

計画通り遅れを引き継ぎ、やはり9時間の旅、24時10分東岡崎着。
1泊2日の予定が、1泊3日となった。ラッキー。

帰途時間節約のため、夕食は結局サービスエリアで弁当を買い、車中で食べることとなった。
その際のロータリアンの「お弁当の買い方」の慣れてないこと。ふふ。
コンビニを主なライフラインとしている私にとって、微笑ましい光景だった。
これも、旅の収穫。

写真は、鶴ヶ城で「いそべ焼きだんご」の前に経つ磯部会員、それだけ。

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2015年05月24日

会津若松城南RC30周年記念の旅(飯盛山、翻弄されし人生)

DSC01151 のコピー鶴ヶ城の後は「定番」の飯盛山。
言うまでもなく、白虎隊十九士が自刃したところである。

ここでも、ロータリアン・ガイドさんの名調子。

歴史によって翻弄されし人生。
いや、歴史によって定められし、運命か。

なんとも言えぬ切なさがこみ上げて来る。
はは、影響されやすいなあ。
ひめゆりの塔でも、靖国遊就館でも、そんな思いに囚われた。

飯盛山を降りた所の、観光休憩所にあった線量計(写真)。
「この観光地は安全だよ」と放射能を計測・標示している。
東京より低レベルだよと。

これも、歴史に翻弄されし人生か。
被災地まわりの方々の人生。

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会津若松城南RC30周年記念の旅(鶴ヶ城、銃重し)

DSC01119鶴ヶ城内の見学は、前回5年前の工事中と違って、すばらしく整備されたものだった。
巡り昇り、天守閣から会津を一望にする。
そこには、四神「玄武」「青龍」「朱雀」「白虎」の標から四方を見晴らす。
当然「白虎」の先には飯盛山が。
違うか? 飯盛山東北の方角だった。

天守閣から降りた後、まだコースとしては「南走長屋」があったのだが、定番?としては「この辺でやめとこ」。
時間もなかったが、私は粘って行ってみた。

DSC01136その長屋の入り口に、刀と銃が置いてあり、「実際の重さを感じてください」とあった。

まず刀を持った。
その重いこと。
へえ、こんなの振り回して戦ったんだ。

次に銃、これがスペンサー銃か。
これがまた更に重い。
予想を超えたずっしりだった。

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会津若松城南RC30周年記念の旅(鶴ヶ城、名ガイドはロータリアン)

image開けて日曜日は、ゴルフ組と観光組に別れた午前中、わたしは観光組。

大内宿の古き町並みを散策のあと、鶴ヶ城へ。
鶴ヶ城へは5年前の25周年の(私が岡崎城南RCの会長だった)折に訪れたが、その時は屋根瓦を総葺き替え工事の真っ最中だった。
今回はその工事も終え、勇姿を現していた。

この名所観光のガイドを勤めてくれたのが会津若松城南RCの会員さん、プロ顔負けというか、プロ以上というか、プロ(ボランティア)というか。

image「城南」という名前だけでなく、「江戸時代の始めと終り」という縁で結ばれた姉妹クラブ。
1384年葦名藩の誕生から始まって、伊達氏、蒲生氏、上杉氏、再度蒲生氏、加藤氏、保科氏、そして1968年松平氏は、徳川幕府の終焉とともに終わる。なるほど。

名調子というより、説得力あふれるアカデミックな説明に感動を憶えた。
私しゃこんなに岡崎のこと、岡崎城のことを語れない。
いまさら、地元への知識欲も湧いて来た。

「徳川家康顕彰400年祭」の特別実行委員会の委員なのに、な〜んも知らんもんね。

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2015年05月23日

会津若松城南RC30周年記念の旅(定番のりやすのり)

DSC01059「のりやすのり」も定番なのだ。
「やすのりやす」でもいいのだが。

30周年記念もつつがなく終えて、さあ懇親会。
バス旅でのアルコールも抜けかかって、さあまた飲酒だ。

会津の人はお酒大好き、酒豪ぞろい。
今回のように懇親を深める会を訪れる時は(来ていただく時も)、相当な覚悟がいるのだ。

こちらからは、大吟醸「徳川家康」を始め、数本の地元のお酒を送っておいた。
もう一つの今回参加の友好クラブ・余市ロータリークラブからは、ニッカウィスキー「竹鶴」が届いていた。
しっかり、美味しくいただいた。

これも「定番」お酒の交換・交歓である。

写真は、今回の催しの湯田実行委員長を囲む、我が「こんどうやすのり」くん(左)と「こんどうのりやす」くん(右)。

城南定番の「ボケ」である。

注)「こんどうのりやす」=近藤憲康、「こんどうやすのり」=近藤保則
ひとりは髪が白く、ひとりは紙が薄い(無い)。

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会津若松城南RC30周年記念の旅(これも定番のお悩み)

DSC010109時間のバス旅を終え、記念式典会場の東山温泉御宿「東鳳」に着いたのは、15時30分。
16時開始の式典まで、部屋に入って一休み。

私の部屋は、553号室。
山◯さん、邦◯さん、憲◯さん、保◯さん、私の5人部屋だ。

「いびきがひどいんで、離れて寝るよ」
「私、みんなが寝るまで起きてるからね」

こういった泊まりを含む団体旅行の場合、いびきをかく人はそんな悩みが。
定番のお悩み。
今回の旅でも、自前で他のホテルにシングルで泊まる会員も居たくらい。

私も、かなりなイビキストなんで、周りに迷惑を掛けている。
という自覚、あるね。

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