永六輔が死んじゃった。
私の中では、「テレビの人」だったなあ。
身近にテレビが出現してから、ずっと出てた。
「上を向いて歩こう」の作詞家。
作曲は中村八大のゴールデンコンビ(表現古っ!)「六八コンビ」。
九ちゃん入れて「六八九トリオ」だった。
クォリティー高かったなあ。
1963年「上を向いて歩こう」は「SUKIYAKI」の名で、3〜4週全米ヒットチャート1位に輝く。
CashBox、Billboard両方で。
これは、私的には永六輔の金字塔だよ。
でも歌詞が日本語じゃ、意味わからないか? はは。
歌詞が分かれば、もっと売れてたと思うよ。
その頃、私は中学2年生。
机の傍にラジオとテープレコーダを置いて、全米ヒットチャートを紹介する日本の番組を毎週聞いていた。
勉強しながら?ね。
録音を再生しつつ、歌詞をカタカナで聞き取ったりしていた。
後で歌詞カードで正解を知って、愕然としたりして。
実は、歌詞カードの英語もかなりいい加減なんだよね。
日本のレコード会社の人やアルバイトが聴いて、歌詞カードにしていたらしい。
それで歌詞覚えちゃった私、どうしてくれよう。
でも、「SUKIYAKI」が全米1位になった時の衝撃は、思い出にない。
「涙のバースデー・パーティ / It’s my party」を抜いて「SUKIYAKI」が1位になった後くらいから、番組を聴き始めたようだ。
翌年、ビートルズがチャートを席巻する時代が来て、私のラジオとテープレコーダ時代が訪れたのだ。
日本でのレコード発売前に、ラジオでビートルズの新譜を聴いて興奮していた時代。