帰国翌日火曜日にRCの例会があったのだが、あまりに忙しいと1週間後の今日「ミャンマー訪問報告会」S団長取り仕切りの各メンバーの報告に続いて、私に多くの時間(10分!)をいただけた。
「親パク」派と「反パク」派の抗争(香草)について、プレゼンをした。
S君にハーモニカを持って来させたが、歌う時間はなかった。










帰国翌日火曜日にRCの例会があったのだが、あまりに忙しいと1週間後の今日「ミャンマー訪問報告会」









ミャンマーは織布産業が盛んである。
家族で縫製の仕事をしている、家を訪ねた。

アリの逆襲。
それが近頃、「コンディションの良い日々を過ごす」ことに留意し始め、花粉症の薬を飲み、花粉症に効く甜茶を飲んでいた。
当初は順調だった。
ミャンマー・タイの旅を終えて帰って来たら、そこはミャンマー・タイ劣らぬ猛暑の日本。
ミャンマー・タイから帰った日は、ブラザー印刷出社の後名古屋へ。
ミャンマーから帰った22日は、空港バスで9時半には岡崎についた。
まだ、修理塗装したルーバーが取り付けられておらず、むき出しの窓。
広い窓から光がふんだんに入る現状もいいが、また落ち着いた光に包まれた会社に戻るのだろう。
「反パク派」の反撃は続くが、この頃には「親パク派」もしっかり洗練された味に飛びついている。
「ネズミは出るが水は出ない」ホテルに泊まる状態から、バンコクでの今宵の一泊(正確には夜中のフライトまでチェックイン状態なので、二泊。
マンダレーから空路でバンコク到着後、先に帰国する二人(親パク)とお別れ。
(前項より続く)
歌う曲は「太陽のあたる場所」、ヨシヲスズキで練習中の曲だ。
5/19マンダレーの夜、高級な北京料理のお店み連れて行っていただいた。個室。

ミャンマーは雨季である。
そこで、お茶とともに出されるのが果物類、それも決まってマンゴ。
19年のミャンマー支援の歴史のうち、前半は図書館・道路・水道等の建設・建築。
こう書いて来ると、お役目でがんじがらめの旅のようだが、そうでもない。
奨学生の家庭訪問の時も、家庭料理でもてなされる。
5/18朝、昨夜の行事会場で朝食。
これが意外と、「反パク派」の「日本食が一番」のT君にも受けいてられて、「美味しい」とまで行って食べていた。
開けて2日目、5月17日は飛行機でタイのバンコクからミャンマーのマンダレーへ。
到着すると準備万端、拍手のゲートで迎えてくれた。
私の好物の鳥の(ウズラ?)丸焼き?丸揚げ?も並べられた。
バンコクに着いてホテルに落ち着いた後、街に出て食事。
ここは、SOMBOOM SEAFOOD レストラン。
ホテルに帰ったら、タイの国王の遺影が飾ってあった。
今回の、岡崎城南ロータリークラブのミャンマー訪問団は8人。
昨日日曜日に、門扉の杉板の部分が塗り替えられた。
全てのルーバーの杉板を外し、窓拭きをし、杉板の塗り替えをし、またはめ込むという大修繕をするのだ。
大変なことだ、こりゃ。
ミャンマーに出掛けるために、荷物の準備。
<前項から続く>
<前項から続き>
法人会南部支部の正副支部長会議を、弊社プレゼンルームで開催した。
岡崎城南RC、いつもの火曜日夕方からの例会。
S協会長と言えば、社屋の真ん前JR岡崎駅の東口広場が開発中。(既報)
10月オープンの後、公園の整備も進み、ペディストリアン・デッキ(歩行者用回廊)も出来る。
籠りっきりのGWを決め込んでいたけど、実は「実家に行く」という定番行事があったのだ。
釣果は満点だった。
鯛を中心に、イサキとか、××とか。
もう半年前になるか?
GWと言えども、どこにも行かずの休日が続いている近年。| このBlogを チェッカーズに追加 |
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