母の死と大谷くんの活躍の話題ばかりなので、ロータリーの話題でも。
写真は、
岡崎城南RC例会前、卓話者の近藤正俊くん(岡崎城南OB)を囲んでの記念写真。
「はい、みんなマスク取って。オカダくんも!」としょっ中言われるのだが、私はコロナ騒ぎの7年?も前からマスク常習者。
「これが普通です」と相変わらずめんどくさい私。
近藤正俊くんは、20年にわたる岡崎城南RCのミャンマー支援の中心人物であり最大の功労者だった。
だからこの度の「ミャンマー支援総括報告書」ができた折、記念例会として彼を招き、ミャンマー卓話を聴き、その場でクラブからの感謝の意を表したいという意図があったのだ。
すでに岡崎城南RCを退会されておりOBとして招くのだが、その誘いのメールに当初は断りの返信が入った。
原文のまま転載----------------
このたびは御招待有り難うございます。
しかしながら、誠に申し訳ありませんがこの御招待を辞退させて頂きます。
小生、卓話で話したいことも伝えたいこともありません。
このミャンマー支援については小生の壮年期の思い出として胸に残しておきます。
小生は、RC退会以後も個人的に現地奨学会へ寄付を継続し関わりを持っていますが、例のクーデター以降現地情報が入りません。当局の監視が始まりFacebookも3月5日から更新されず、生の状況が分かりません。胸を痛めています。
併せて報告書の創刊が出来ましたら三部下さい。
一部はモー君へ、他はミャンマーのキンララモーさんへ(いつ届くか分かりませんが)、もう一部は小生が頂きたい。
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私は、胸が熱くなった。(ちょっと大袈裟)
彼は既に岡崎城南RCを退会していて、OB。
その彼が、壮年期に情熱を注いだミャンマー支援、ミャンマー交流が、過去のものとなっている。
ミャンマーも軍事クーデターにより、民主化も後戻りをしている。
憂いはするが、心配もするが、それは「壮年期の思い出」なのである。
彼は同い年、高校の同級生。
同じ71歳としては、胸が熱くなろうってもんだ。
高校入学直後、他の中学から来た彼(と彼の仲間)は、私を一人トイレの裏に呼び出し、×××しようとした。
注)これは私の武勇伝ではないよ。彼のロータリークラブ入会の挨拶を引用だよ。
彼は能力ある人間である。
それはお互い認め合っている(と私は勝手に思っている)。
ただ芸風が大きく違っているので、私なんて嫌われていると思っている。
つまり「友人になろうとは思わない」ってやつ。
だけど今回、改めて彼を見直した、いや認め直したってことかな。
わあ〜、長文になっちた。
彼に見つからないよう、しらっとブログにアップしておこう。
その彼のロータリーでの卓話、退会してしばらく経ったので、昔の仲間と息の合ったやりとりが不足してたと思ってたか、不完全燃焼で卓話を終え帰っていった後ろ姿が寂しげだった。(これあくまで私の主観)
その件に関しては、後日のブログで。