野球の世界では、いかに内角を攻めるかが勝利のキーポイントという。デッドボールぎりぎりの内角の球でバッターに恐怖を味合わせ、あとを有利に運ぼうというのだ。
その投球術は選手のスキルという認識だ。
異論はない。
手元狂って、いや狂うなんて表現以前のピッチャーでも、当てちまってもしょうがないと、半ば肯定的でも、いいの?
この記事にあったロジャー・クレメンスに興味がわいた。
メジャーで354勝をあげたえぐい内角攻めの豪腕は、ナショナル・リーグへの移籍をいやがって、ほとんどをアメリカン・リーグで過ごした。
ナショナル・リーグはピッチャーも打席に立つので、報復を恐れたからだという。
なるほどね〜。
否定的に言ってんじゃないよ。
プロ野球もプロレスレベルだってこと。
腐してんじゃないよ。
私の一番好きなスポーツはプロレスだから。
オリンピックも同様に考えている。
つまり、エンタテインメント。
感動とか教訓とかを擬似的に与えられるエンタテイメント。
ま、すべて観る側の都合だけどね。
勝者に感動?をし、明日への糧に昇華する。
やる側(演る側?)の勝者は違うんだろうなとも思う。
勝者は、アスリートは、一人の勝者の陰の999人の敗者がいるのを知っている。
勝者の教訓は、勝利へのヒントにならない。
だが近頃、「皆さんに感動を与えたい」なんぞという勘違いアスリートの輩が増えちまったことも否めないなあ。
しょうがないなあ、それも。
チヤホヤするマスコミだとか、とりまきとか、多いからなあ。
「康介先輩を手ぶらで帰す訳に行かない」なんてのを、わざわざメディアの前で言い直すなんてことがあって、周りはそれをもてはやす。
あえて言っちゃお。
スポーツはエンタテインメントです。