五十嵐講師の言葉で「気恥ずかしさ」を何故か覚えた「康生・シビコ」会場と「岡ビル」会場、行って見ねば。「シビコ」も「岡ビル」もワン・フロアが使えるとは、アーティストにとって贅沢?。
天井は低いけど。
岡崎出身、東北で被災の出展者志賀理江子さんは如何お考えかと思ってみる。
贅沢な空間にふんだんな表現、空きビル冥利には尽きないか。
トリエンナーレ無ければ、頽廃感そのものの「シビコ」「岡ビル」、だからこその気恥ずかしさなのだが、残念ながらそれがアートの現場かも知れぬ。
「康生・シビコ」会場と「岡ビル」会場を回って、時間があったので「松本」会場に向かったのだが、駐車場事情もあって、今回(次回はいつだ?)はパスとなった。
アートの制約は、展示「場」と駐車「場」か。
なんかマイナー脱せず感。
アートが主役の時代、来るんだろうか。
人間にとって主菜なのだと思うが、おかず感否めず。