2022年10月03日

アントニオ猪木を悼むその3「世界の巨人VS燃える闘魂」

FullSizeRenderアントニオ猪木を悼んで、「世界の巨人VS燃える闘魂」を掲載する。

これは、名古屋而立会25年のあゆみ「四分の一世紀」(1987年刊)に、私が寄稿したものの再掲である。

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結局、アントニオ猪木とジャイアント馬場は対戦しなかった。
本稿は、「もし、アントニオ猪木とジャイアント馬場が戦わば」というフィクションです。念のため。

「世界の巨人VS燃える闘魂」岡田吉生

19××年8月26日、日本武道館はセミファイナルのジャンボ鶴田対藤波辰巳戦の余韻を残していた。
若き後継者同志の一戦は、鶴田の「ファンクスのテクニックコピー」と藤波の「創作舞踊的テクニック」の華麗な応酬の末、35分29秒、J・鶴田がジャーマンスープレッ クスをしかけたところ、藤波がトップ ロープを蹴り、ブリッジがくずれて両者フォール負け。両者ともこの判定に不服の様子であったが、これ以上の結末はないように思えた。
会場は次に訪れるであろう、もう一つの大きな興奮の期待にざわめいていた。果してどちらが勝つのか。決めワザは何か。興味は尽きない。一瞬場内のライトが消えて会場を闇がつつむ。次に一筋のライトが青コーナーを照らし、「炎のファイター」のテーマが流れた。猪木だ。「イノキボンバイエ。」のかけ声にのって、ファンの差し出す手をかなりマジで振り切ってアントニオ猪木はリングに上り、右手こぶしを突き上げてクルリ一回りしての登場である。続いて日本テレビのスポーツテーマが流れ、ジャイアント馬場がリングに上った。こちらもいつものように トップロープをかなり無理をしてまたいでの登場である。
猪木サイドのセコンドはイノキのポリスマンの坂口征二とマスクを脱いだタイガーマスク、佐山サトル。対する馬場側はドリー、テリーのザ・ファンクス。
リングアナがマイクをつかむ。「アォーコーナー、アントニォー」ここで猪木ガウンのベルトを解く。「イノキィー。」 ガウンをはねのけ、(このときたいていコーナーの前座レス ラーの頭にかぶさる。) 名前の刺繍入りタオルを首にかけた猪木の肉体が姿をあらわす。あいかわらずのストロングスタイルを表わすという黒いパンツである。
「アカァコーナー、ジャイアントババア」(もうジジイなのにババアとは)リングアナのコールのリズムとは何の関連もなく自分のペースでガウンをとる馬場。右手のオヤユビをヒタイにあてる。だが「シュポゥ」とは言わない。赤いパンツ。両雄のパンツ姿には共通点がある。オシリが下からはみ出しているのである。
この決戦に当ってレフェリー問題はかなりもめた。候補に上ったのは遠藤幸吉、ユセフトルコ、レッドシユーズドゥーガン、そしてビッグマッチには特別レフェリーとしてよく登場するが、いつも納得できない定を下す、かつての鉄人ルーテーズ。 結局レフェリーはNWA公認のジョー樋口、リングサイドにサブレフェリーとしてミスター高橋というところにおさまったのであった。ボディチェックを受ける猪木は馬場をにらみつけるが、馬場は笑みをうかべてとり合おうとしない。この人は笑うと金歯がのぞく。この時両雄の頭を同じ思いがかすめた。「今日は場外乱闘11分30秒両者リングアウトでお茶を濁すわけにはいかないな。こいつはシンドイぞ。」
ゴングが鳴った。猪木はいきなり馬場の世界一のアシにアリキックをしかける。が、馬場はバックステップで軽くいなす。馬場はゆったりとしたペースでなかなかしかけようとしない。「カモン、ババ」ナゼ日本人同志で英語を使うのだろう。

(而立会30周年記念誌に続く)
−この文をG・馬場に捧ぐ−


この稿は、ジャイアント馬場が亡くなった時に捧げるべきだった^^;
世界の巨人VS燃える闘魂