珍しくB社社長からText Message。N「そういえば、坂田道信さん亡くなったんやね、3月に。」
O「そう、fbで知った。詳しくはしらないなあ。」
N「3月14日83歳ですって。SCEのお客さんは坂田さんのこと知ってる人多いから、わざわざ手紙で知らせてくれた人も居るよ。複写ハガキのひかえとうつしが微妙に売れます。」
O「坂田さんの言葉 ” 岡田さんは私の次にハガキを書いてる人だけど、私との違いは読書量だよね ”って言われたことがありました。私の薄っぺらい知見を見抜いていたんですね、きっと。」
N「👍」
1990年頃の私、ハガキを書きまくっていた。仕事もしないで、毎日40〜50枚。
来るのも同枚数くらい。
当時信州Iホテルの岩見さんからのハガキ、宛名無し「〒444 岡田吉生様」だけで届くようになっていた。
坂田先生からは「読書していない」私は見抜かれていたのだ。
「仕事もしていない」私もね。
当時の「あいかん通信」(愛環塾機関誌)の「あとがき」には、坂田先生とのやりとりが書かれている。
のぶ子さんとのやりとりもね。
坂田さんも「ハシ休めのハガキ」を私に書くようになった? と嬉しそうに書いた自分を思い出す。「私とオカダさんの関係は " ともだち " だよね〜」、みんなにそう言ってると思っても嬉しかったなあ。
←以下は、その内容。
男にしては声の高い坂田さんとほとんど声の高さの変わらない、女性では低い声ののぶ子さん。
「昨日、坂田が広島の私のところへ来ましてね、確定申告の書類を作っているのに、横でおもしろい ことばかり言って笑わすもんだから、仕事にならないんですよ」
なんのことはない、別居結婚の夫婦のすっきりモーニングの余波が、私のところへ来たってわけか!
その後、追っかけるようにして来た坂田さんからのハガキです。
「岡田吉生様 2、3、12
7日付をいただいてました。 そして、あいかん通信をニヤニヤ読んでいたら 妻が横取りして読んで自分でよろこんでいます。 もちろん面白いところは最後だけです。」