2023年05月12日

遠来の若者と、社屋移転の歴史をたどる。

IMG_8506神戸からのH川君、3度目の来訪。

今回は、スタートをブラザー印刷の現社屋(2006年竣工)から、5回の移転を繰り返した移転の歴史を逆にたどる。
3度目ともなれば、さすがに私の過ごしたブラザー印刷を訪ねないわけには行くまいと覚悟?しての訪問記。
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まずは、社屋の周りの閑静な住宅街・公園、そこに保存されている明治30年竣工、変遷を経て現在地に設置された「旧愛知県第二尋常中学校講堂」ピンクの素敵な建物を紹介。

誰も知らないピンクハウス。

IMG_8475さてと、エントランスの「父を模した石彫」を紹介し、緊張のピンポン・入館。
だって、もう部外者だし。

プレゼン・ルームで、社屋建設の経緯・意義を紹介し、セキュリティースペースの多い会社の差しさわりのないところを紹介。

M%=70%の製造会社の説明もね。
水野うんぽーは「ブラザー印刷は、PQ≒MQの会社」と言ってた。

FullSizeRenderそして恒例のニシミ・コージさん作のアートの前で、恒例の記念撮影。
思えばこれも、久しぶりだなあ。

それから歩いて、逆に辿るブラザー印刷社屋の旅。
全行程4キロを歩いてね。

2000年当時、イオンをじゃましていた社屋跡地へ。
今はイオンの駐車場D地区となっている。

0D2E1FA4-8872-43F2-8E44-7B7FAA618491それから今回の社屋ツアーのオプションとも言うべき「ディティピ・ディティピ / DTP. DPT.」のあったビル。
過去、いろんな人に紹介した移転の歴史だけど「ディティピ・ディティピ 」の紹介は珍しい。
←(写真)当時桜咲くチェリータウン。

FullSizeRender←(写真)当時の私のデスク。

当時ブラザー印刷はMGを元に1988年分社から分社経営をしていて、その10数年の経緯と終焉の理由を伝えることが出来た。
これって私、初めて語った?

なんせH川君、全国のMG探訪の日々なんでね。彼に語ろうと思った。
その後、警察署の裏にある社屋跡はそそくさとこなして、その前の社屋へ。
ここは今私の遊び場「中学生オカダ少年の勉強部屋」と呼んでいるが、実際私が高校生まで暮らしていた実家でもあるのだ。

そしてここでナント私とH川君は、私のMG時代の総括と言うか、撮りためた写真に写るMG関係者のデータ化という「作業」に取り掛かってしまったのだ。

膨大な写真の数、神戸に帰る時間まで続けられたが、わずか1985年から1988年の3年間分しかできなかった。



IMG_8504次回、H川君が来ることがあれば、一日中かけて写真の調査と、続いてMG関連テープ(300本? もっとか?)のアーカイブ化なんぞをすることになるのかも。

私の生涯前半戦の総括に付き合わすのも申し訳ないが、彼の「MGレジェンド訪問」というか「MGおやじ狩り」の役に立つのではないかと、マジ思っているのだ。

わたしのところでつまずくことのないようにね。

若者は終電で神戸に帰って行った。

この記事へのコメント
すごいことになってますね。

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Posted by 吉原 英令 at 2023年05月18日 15:56
すばらしいですね。内容が気になります🙇‍♂️


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Posted by 羽生 恭 at 2023年05月18日 15:57
どのプラザーさんも思い出の地です。
そのときの心情や思いが重なってなんかしんみりしたり、微笑んでみたり。
良い時間を過ごさせていただいてありがとうございました。

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Posted by 福井謙三 at 2023年05月19日 21:28
福井健三 さんへ: そうですね。
福井さんは、ブラザー印刷の目撃者というか証人のような人ですね。
いつも訪ねて下さるのを楽しみにしていました😇
Posted by 岡田吉生 at 2023年05月19日 21:29