2025年05月24日

「バンドやろうよ。(人生最後の)バンド」とのお誘いが、、

20210801_103「バンドやろうよ。人生最後のバンドをやりたくて」

そんなお誘い、突然の電話。
電話の主はK .Amanoさん、一年先輩(現在76歳)のリードギター。
だから、写真とはかなり違う。(1990年だから35年前か!)

私とK .Amanoさんがバンドをやっていたのは、1980年代。
サーティーズ(30代)というバンドに誘われて、なんと「キーボード+ボーカル」で加入していた。

20210801_100キーボード弾けるかというと、実は「なんちゃってキーボード」。
(今はそのなんちゃってすらまるで弾けないが^^;)
よくも演っていたもんだ、厚顔無恥。厚顔無知。

数年前にも、一度「バンドやろうぜ。キーボードで入ってくれ」と誘われたのだが、「キーボードじゃ無理。ボーカルならいいよ。」
しかし「ボーカルは決まってる」ということなので断った。

現状、私は「リハビリーズ」をもう3年も続けて、それがオカダ少年の音楽生活のメインになっていると伝えたのだが、「とにかく顔出してよ」ということで、練習会場に行ってみた。

メンバーは、
リードギターAmanoさん(76・当時サーティーズ)
ドラムKAWAIさん(80・当時サーティーズ)
キーボードHiroさん(76?)キーボードの席が埋まっててよかった^^;)
ベースSawadaさん(72)私が入ると決めつけて、ギターから人生初?のベーシストとなった。
当時のサーティーズのベースはMakiharaくんという同級生のベースがいたのだが、早くに亡くなっていた。
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(写真左Kawaiさん・写真右故Makiharaくん、1990.8.24 国立研究所機構の野外交流パーティー)
(ガイジンの学者さんの前で、英語の歌を歌う厚顔無恥のキーボード奏者だった)

2回目に参加した時、練習した曲は40年前当時私の歌ってたレパートリー曲と、当時Amanoさんが作曲したインスト曲「Spiral」。
こらあ、辞められないと観念したのである。

そしてAmanoさん「人生最後の」と言うだけあって、体力の衰えが甚だしいのだ。
一曲練習するにも、息はゼイゼイ。
指どころか、体が動かなくなる。
(以下、Amanaoさんに失礼な表現があったら、ごめんなさい。オカダ少年流の「愛」です。)

IMG_1971何よりも、この練習会場はAmanoさんのビルの9階に音楽向けに作った広いサロンのような部屋。
ほとんど使われていなくて、物置同然だった部屋を少しだけ片付けて、今回練習場にしてしたのだ。
エレベータのあるビルの8階まではテナントが入っている。
そこから階段で9階へ、Amanoさんはその階段をまさに這いつくばって上がってくる状態なのだ。

まさに「人生最後のバンド」の舞台が整ったのだ。

オカダ少年は「リハビリーズ優先」をはっきり告げた上で、バンドに入ることとした。

バンド名は、「30's Revival Band」辺りがいいかも。