ミャンマーは、時代が逆戻り。岡崎城南ロータリークラブは、1999から20年間国際奉仕として、ミャンマー支援を重ねて来た。
当初は、ミャンマーを訪問すると軍の人がついて来たり、賄賂が必要だったり。
でそれも減って来て、民主化と経済発展を遂げて来たんだけど、今回のクーデターでだいぶ後戻り。
でも、うちのクラブの奉仕活動の積み重ねも、振り出しに戻ったわけじゃない。
民主化の力となるように、学生を育てて来た。
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彼らが今、デモに並んでいる。
彼らが今、デモに並んでいる。
ミャンマーは織布産業が盛んである。
家族で縫製の仕事をしている、家を訪ねた。

アリの逆襲。
それが近頃、「コンディションの良い日々を過ごす」ことに留意し始め、花粉症の薬を飲み、花粉症に効く甜茶を飲んでいた。
当初は順調だった。
「反パク派」の反撃は続くが、この頃には「親パク派」もしっかり洗練された味に飛びついている。
「ネズミは出るが水は出ない」ホテルに泊まる状態から、バンコクでの今宵の一泊(正確には夜中のフライトまでチェックイン状態なので、二泊。
マンダレーから空路でバンコク到着後、先に帰国する二人(親パク)とお別れ。
(前項より続く)
歌う曲は「太陽のあたる場所」、ヨシヲスズキで練習中の曲だ。
5/19マンダレーの夜、高級な北京料理のお店み連れて行っていただいた。個室。

ミャンマーは雨季である。
そこで、お茶とともに出されるのが果物類、それも決まってマンゴ。
19年のミャンマー支援の歴史のうち、前半は図書館・道路・水道等の建設・建築。
こう書いて来ると、お役目でがんじがらめの旅のようだが、そうでもない。
奨学生の家庭訪問の時も、家庭料理でもてなされる。
5/18朝、昨夜の行事会場で朝食。
これが意外と、「反パク派」の「日本食が一番」のT君にも受けいてられて、「美味しい」とまで行って食べていた。
開けて2日目、5月17日は飛行機でタイのバンコクからミャンマーのマンダレーへ。
到着すると準備万端、拍手のゲートで迎えてくれた。
私の好物の鳥の(ウズラ?)丸焼き?丸揚げ?も並べられた。
バンコクに着いてホテルに落ち着いた後、街に出て食事。
ここは、SOMBOOM SEAFOOD レストラン。
ホテルに帰ったら、タイの国王の遺影が飾ってあった。
岡崎城南RC、いつもの火曜日夕方からの例会。| このBlogを チェッカーズに追加 |
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